皆さんこんばんわ。ジジババのジジです。
お読みいただきありがとうございます。
結婚35年を振り返って
■結婚35年、夫婦二人の長続きのコツはやっぱり、良い相手を選ぶことからかな。
突然の報告ですが、ジジババは明日で結婚35年です。
ジジは誕生日も兼ねている為、59歳になります。そう、あと一年で還暦ですね。
結婚してからは本当に色々な事がありました。
この誌面上では、とても語りつくせるものではありませんが、沢山のドラマ。
まさしく、泣いたり笑ったり、苦しんだり。
■夫婦は苦楽を共にする、第一の相手ですね。
35年間を振り返ってみて、やっぱり長い期間ですから、ピンチやどん底のような時期もありました。でも、そんなときに寄り添う相手がいるのは、大変心強いのと、ポジティブにいられます。
どの位前でしょうか。ジジババの歴史にとっても、割と大きな激震が走りました。
義母が亡くなったり、大震災が起きたり、仕事でピンチになったりと・・・。
その1年は夫婦にとって、本当に我慢と苦労の日々。そして、それを乗り越えるためにいろいろと頑張りました。
当時から我が家ではその出来事を「〇〇家の乱」と呼び、今では一つの話題になっています。
■でもね、そんなときにやっぱり、伴侶がそばにいつもいて
でもね、互いに苦しい時にやっぱり、夫婦のどちらかがちゃんと正面から受け止めて、相手を守ろうと一生懸命頑張る姿にクヨクヨなんてしていられません。
互いを励ましあいながら、そして、その場を逃げずに、対処していきました。
つらいことの後には、必ず、良いことが待っていると信じて・・・。
恐らく、これがシングルだったら、つぶれてしまっているか、世の中などの他責にしたりして、これがまた自分をより不幸にしてしまう負のスパイラルから抜け出せずにいたかもしれません。
ジジがピンチの時に、どういう訳かババが手作りのお守りをくれました。
いまだに大切に保管していることはババには内緒だけど、これに書いたからばれちゃいますね。
もらった時は本当にババの力というか、愛情というか、どんなものにも負けない、どんな誘惑にも負けないというようなエネルギーも感じました。
併せて、写真の天鈿女命が鎮座されている神社では、時の宮司さんがこれまた、本当に心配してくれて、一生懸命厄払いも込めて祈祷。
ジジは大人になって初めて、泣きました。それも自分ではなぜ、出るのか分からない涙をぬぐいながらでした。
ともかく、この年は、互いに泣くことや苦しいことが多かったです。
■逃げずに対処するそれが、幸せへの一歩ですね。
「〇〇家」の乱から数年。辛い日々も少しずつだけど、体から抜けていくように減りました。
それまでに失ったものもたくさんありますが、新たに構築できたこともたくさんあります。
その一つが土ひねりですね。
子供たちも縁に恵まれたり、加えて子供(ジジババにとっては、孫)ができたりと本当に雨あがって、晴天になりました。
当時、いろいろな辛いことを経験しながら、去っていった人もいるけど、今にして思えばそれが人間の本質なんだ。反対にどんな時でもブレない人は最後に生き残る強い人なんだと分かりました。
■苦労の期間は一種の試練(お試し)の期間
色々なところへ相談したりしているうちに、試練の期間(≒試されている期間)の説明をされ納得したりしていました。
当時を経てきたジジババにとって、まさしくその期間は試されている期間。
それらの過ごし方によって、以降の人生が決まると確信しました。
今は、それらを多くの経験として、子息たちに残すこともできるくらいになりました。
■結局、夫婦が助け合えば二人三脚で強いということ
昔の人たちはうまくいったもので、二人三脚で歩調を合わせながら、進めていけば、越えられない試練はあまりないと思います。
来年ジジババは還暦となります。周囲の人たちは、「見えない」などとうれしいことをおっしゃってくれたりしますが、体は正直です。
スポーツジムにしても、体調を考慮するようになりました。
上手に年を取るためには、健康が大切ですからね。
■結婚35年と同時にジジの誕生日の訳
ジジの誕生日に結婚したわけは単純です。・・・そう、ジジが忘れるから。
若いころから面倒くさいことは苦手なジジにとって、スケジュール管理や、イベント企画は遠ざけたいところ。
そんなジジを見て、ババが考えたのは、ジジの誕生日に結婚式をしたらまず忘れないだろうとの発想で決めました。どこまでずぼらなジジだったんでしょうかねえ。と自身が言っていてもだめですが、それくらいわがままでしたね。すみません。
最近でも、ババのために奮発して、軽カーを買っちゃいましたがその際は、ババと息子がジジの為にと同じ日のプレートナンバーにしてくれました。
どこまで、ずぼらなジジというか、信用がないみたい(笑)
話しは戻り、結婚式の予約ですが、当時は結婚式がブームというか、ピークで1年前の予約は当たり前。それでも、ところてん式の式進行で、次から次という格好でした。
今では、信じられないくらい、とにかく多かった。
■残り期間の過ごし方をババと一緒に計画するジジです
そろそろ、着地に向けた計画が必要と数年前からエンディングプランから、葬儀場、施設を見極め中のジジババです。
その期間でも、割と勉強になり、困った人には、相談に乗ったり、上手に施設を選んだり、入るポイントもアドバイスできるくらいになりました。
そのあたりの、お役所の事務的な作業よりよほど、丁寧かつ適切かもしれません。
■人生100年時代とはいうけれど
人生100年時代とは言うけれど、健康寿命や平均寿命を考えると、まだまだ、喜ぶばかりとは言えないみたいです。
そんな中で、ジジババは80歳がターニングポイントととらえて、それまでにしっかりと老後を謳歌して、それから少しずつ、下っていくことを想定しています。
けれども、そのためには、まだまだ仕事をして社会への貢献。そして、生活質の維持をしたいと思っています。
60歳で無職となり、のんびりできる人は稀と思うので、ジジババも同様です。
80歳からは、同時に逝くわけではないので、残った方が苦労しないプログラムも用意してあります。
生来のせっかちジジなので、びっくりするかもしれませんが、来年あたりは、墓地・墓石も調査予定。一族の墓はあるけど、できれば、ジジババだけの墓に入りたいなあと画策しています。今のところ、ババは愛猫の骨も入れろとうるさく注文してくるのですが、可能かどうかも不明なのと、ジジには「フーッ」と言って、とびかかってくるので。。。
ジジのつぶやき
■色々なことがあったけど、やっぱりババと一緒にいて幸せ
どこに行くにも、何をするにも仕事以外は一緒。
ババとは恋愛結婚なので、交際中も含めると、なんと40年以上。どこに行くにも、何をするにも一緒にいました。
今では、まるで空気のような存在ですが、反対に空気がないと生きて行かれませんよね。
最後にちょっぴり、のろけてしまいました。すみません。
でも、来生もできたら、ババと一緒にいたいなあと思うジジです。
おしまい
最後まで、お読みいただきありがとうございました。